『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』レビュー:現代に蘇ったアガサ・クリスティの遺伝子

ストーリー

基本情報

  • 原題:Knives Out
  • 公開年:2019年(日本公開:2020年)
  • 監督・脚本:ライアン・ジョンソン(『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』)
  • ジャンル:ミステリー、サスペンス、ブラックコメディ
  • 出演:ダニエル・クレイグ、アナ・デ・アルマス、クリス・エヴァンス、クリストファー・プラマー、トニ・コレット、ジェイミー・リー・カーティス 他

あらすじ(ネタバレなし)

ミステリー作家として莫大な富と名声を築いた老ハーラン・スロンビーが、自宅で謎の死を遂げる。事件は「自殺」と処理されかけるが、突如として現れた名探偵ブノワ・ブラン(ダニエル・クレイグ)によって、家族全員が容疑者の“殺人事件”として再調査が始まる。

ハーランの家族は一見「上流階級」であるものの、それぞれが癖だらけ。看護師マルタ(アナ・デ・アルマス)を中心に、権力と遺産を巡る嘘と策略が明るみに出ていく中、事件の真相は意外な形で暴かれていく。


見どころ①:クラシックなのに新しい「現代版密室劇」

アガサ・クリスティの伝統を踏襲したクラシックな推理劇でありながら、現代の社会問題(移民、階級、SNS文化など)もさりげなく取り込んでいる点が秀逸。舞台となるゴシック調の豪邸は“現代の館”としての説得力があり、古典ミステリーの重厚感を維持しつつも、テンポよく展開する脚本構成は見事の一言です。


見どころ②:ダニエル・クレイグの「意外すぎる名探偵」像

『007』シリーズのクールなボンド像を封印し、南部訛りの個性派名探偵・ブノワ・ブランを演じたクレイグの変貌ぶりは必見。彼の推理は時に冗談めいていて、しかし核心は常に鋭く、観客の視点と並走する形で事件を解き明かしていきます。このブランのキャラクターが「ナイブズ・アウト」というシリーズ全体の魅力を牽引しています。


見どころ③:アナ・デ・アルマスの演技と「嘘がつけないヒロイン」設定

マルタは嘘をつくと吐いてしまうという“身体的制約”を持っており、この特性が物語の中で強烈な武器にも弱点にもなっていきます。アナ・デ・アルマスの繊細な表情の変化や、追い詰められていく中での葛藤演技は、非常にリアルで感情移入しやすく、物語に深みを与えています。


見どころ④:家族の“綻び”を描く群像劇としての完成度

単なる推理劇にとどまらず、スロンビー家の人間模様はまさに現代社会の縮図です。見栄と自己保身に満ちた大人たちの姿は痛烈な風刺にもなっており、ひとりひとりのキャラクターにドラマがあります。特にクリス・エヴァンス演じるランサムの変貌には誰もが驚かされるでしょう。

まとめ:

“誰が犯人か”ではなく“なぜそうなったか”を楽しむ、新時代の上質ミステリー

『ナイブズ・アウト』は単なる謎解き映画ではありません。観客を「真相に迫っていく快感」へと誘う従来のミステリーの構造に、現代社会への風刺や人間心理のねじれを巧妙に織り込んだ、**極めて完成度の高い“群像心理劇”**です。

本作が斬新なのは、犯人探しに夢中にさせつつも、物語の中盤で“ある真実”を明かしてしまう点にあります。普通であればネタバレとも取られかねない展開ですが、ここで終わらないのがライアン・ジョンソン監督の力量です。
むしろ、そこからが本当の見どころ。何が真実で、誰がどこで何を操作していたのか?――という“動機の迷路”に観客を迷い込ませ、最後の最後まで緻密に伏線を張り巡らせていきます。

また、この映画が描くのは「資産家の死の謎」だけではありません。
嘘をついてでも財産を手に入れようとする者、自分の過去を美化して都合の悪い記憶を消してしまう者、そして社会的弱者でありながらも誠実さを貫こうとする者。人間の利己心、打算、恐れ、そして時には善意の暴走までもが、セリフの一言、仕草一つに宿っていて、登場人物すべてにドラマがあります。

とりわけアナ・デ・アルマス演じるマルタの存在はこの作品の“良心”であり、中心です。彼女の「嘘がつけない」という特性は単なる設定ではなく、全編を通して道徳や真実の価値を問いかけるテーマへと繋がっていきます。誰かを守るための嘘すら許されない状況の中で、果たして“正義”とは何なのか? その問いがずっと観客の心に刺さり続けます。

さらに言えば、劇中に散りばめられたジョークや皮肉、キャラクター同士の掛け合いも非常にスマート。
家族同士の会話一つひとつが伏線であり、エンタメとしての軽妙さを保ちながらも、“現代の上流社会”や“移民問題”といった重たいテーマを、ユーモアでコーティングする手腕も光ります。

最終的に、すべての駒が揃い、ラストでブノワ・ブランが全貌を明らかにするシーンは圧巻。観客は「してやられた」と同時に「なるほど」と納得し、繰り返し見たくなる衝動にかられます。

続編『グラス・オニオン』でも探偵ブランは登場しますが、雰囲気はかなり変化します。対してこの第1作は、密室劇というジャンルを極めた**“理想的なシリーズの出発点”**。映画史に残るミステリーのひとつと断言しても差し支えない完成度です。


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